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建物探訪 池田市

建物探訪
10 /10 2018

先日大阪府の池田市に行ってきました。ここは朝ドラ「まんぷく」の舞台となっています。このドラマはインスタントラーメンを発明した日清食品の創業者である安藤百福と妻仁子がモデルになっており、池田駅の近くには「カップヌードルミュージアム」もありました。もちろんそれが主な目的ではなく、秦氏関係で見たい場所があったためです。

池田市内を巡ってみると、川あり山ありで古い歴史もあってなかなか魅力的な町でした。人口も約10万人と適切な規模なので町巡りには最適です。秦氏関係は年内にも纏めた形でアップしたいと思っているので、今回は池田市の古い建物などをご紹介することにします。


池田市の中心エリアを示すグーグル地図画像。

川は猪名川で北側の山は五月山です。池田駅前からアーケード街を抜けた通りに、地図画像では池田市立落語ミュージアムの表記があります。拡大してご覧ください。取り敢えずこのミュージアムがある通りを少し見ていきましょう。

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池田市栄本町にある加島銀行の旧池田支店の建物です。

この重厚感のある建物も、実は朝ドラの「あさが来た」に関係し、主人公の白岡あさが設立する「加野銀行」のモデルとなりました。本当に池田市は朝ドラと縁が深いですね。加島銀行の旧池田支店は大正7年(1918年)の建築とのこと。平成15年には国の有形文化財となっています。加島銀行を設立した広岡久右衛門に関しては、以下Wikipediaより引用します。

1844年(弘化元年)、加島屋久右衛門家の8代目当主・広岡久右衛門正饒の三男として生まれる。幼名は文之助。1869年(明治2年)、父・正饒の死後、26歳で加島屋当主となり、兄・広岡信五郎、義姉・広岡浅子とともに、加島屋の経営を担う。
1888年(明治21年)、加島銀行を設立、初代頭取に就任。1899年(明治32年)、経営支援要請を受けた真宗生命(名古屋)を買収、社長に就任。社名を朝日生命(現在の朝日生命とは異なる)に改称。1902年(明治35年)、朝日生命を護国生命(東京)・北海生命(小樽)と合併させ大同生命を設立、初代社長に就任。

加島銀行旧池田支店のほぼお隣には池田市立落語ミュージアムがありました。

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落語ミュージアム。

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ミュージアムの隣の古い商家建築。

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正面から撮影。

看板には京都の紅屋呉服店とあります。ただかなり前に店じまいしていたようで、一時期はラーメン店になっていました。建物自体はそのまま残されているので有難いことだと思います。

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道路を挟んで反対側にある呉服座です。

やけに呉服が出てきますが、それもそのはず、池田市には呉服の語源となった呉服神社(くれはじんじゃ)が鎮座しているからです。なぜ(くれは)と読むのかは、呉服が呉織(くれはとり)すなわち呉国から渡来した機織技術者に由来し、(くれはとり)の読みが省略され(くれは)になったからだと推定されます。

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銅板建築の家。昭和初期の建築と思われます。
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酔石亭主

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