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古墳から見た大和の古代 その11


今回はコナベ古墳を検討します。


位置を示す地図画像。

DSCN0094_convert_20200114074955.jpg
コナベ古墳です。周濠の水が白濁していました。

DSCN0095_convert_20200114075031.jpg
位置を変えて撮影。昨年の撮影なので、どの位置からの写真なのかわからなくなってしまいました。

DSCN0098_convert_20200114075127.jpg
多分同じ位置からズームして撮影。

DSCN0097_convert_20200114075101.jpg
もう一枚。

どの古墳も素晴らしいのですが、ろくな写真がないので、ストリートビューでご確認ください。

コナベ古墳の詳細はWikiによれば以下の通りです。

コナベ古墳(こなべこふん)は、奈良県奈良市法華寺町にある古墳。形状は前方後円墳。佐紀盾列古墳群を構成する古墳の1つ。
墳丘の長さは204メートルであり、全国でも31位の規模を有する大型の前方後円墳である。後円部の径が125メートル・高さ20メートル、前方部は幅129メートル・高さ17.5メートルであり、前方部はほぼ南の方向を向いている。
ウワナベ古墳もコナベ古墳も、ともに全長200メートルを超える規模を有し、三段築成の前方後円墳が前方部を南方に向けて東西に並んで立地するところから、両古墳の被葬者のあいだに密接な関係が考えられるが、コナベ古墳の方が年代的にやや古いとみられている。なお、コナベ古墳の墳形は市庭古墳(奈良県奈良市)や誉田御廟山古墳(大阪府堺市)との相似関係が指摘されている。


コナベ古墳の築造時期は5世紀前半とされており、その被葬者は応神天皇の時代とほぼ重なっていると見られます。またWikiが指摘しているように、コナベ古墳が市庭古墳や応神天皇の誉田御廟山古墳と相似している場合、古墳の設計が一方から他方に配布されたと見るべきです。

一般的にはより巨大な古墳(より巨大な権力を持つ被葬者)から小さな古墳に配布されると考えられますが、この原則がコナベ古墳・市庭古墳と誉田御廟山古墳に当て嵌められるか、悩ましいものがあります。なぜなら、佐紀王朝は応神天皇や仁徳天皇などの王朝(河内王朝と仮称)に先行するものだからです。この問題の検討は次回とします。
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