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酒匂川石山に昇る


今日のタイトルはちょっと変だと思われるでしょうが、そこは我慢してお付き合いください。

酒匂川も山北の新大口橋を過ぎると川幅が狭くなり、もう少し先の岩流瀬橋から先は、特に左岸が高い崖となって渓流的な様相さえ呈してきます。

岩流瀬橋
岩流瀬橋を上流から撮影。

その断崖にふと目をやると、明らかに川擦れしたと考えられる礫が、崖のかなりの高さまで数多く見られました。
さらに妙なことには、河原の礫から数メートルまでは泥と言うか土の層となっており、その層が終わると礫の入った層になるのです。

崖の層
写真は下から、河原の石、土の層、礫の層。

土の層をよく見ると、軽石が混じっていました。ということは、この層は箱根火山と古富士の噴火や火砕流によって形成されたものと思われます。

軽石
写真は軽石です。

礫
土の層と礫層の境。大きな石が今にも落ちてきそうで、写真を撮ってから早々に退散ました。

礫層の石は酒匂川石に間違いなさそうで、川が何万年もかけて大地を掘り下げ、その結果断崖上部にまで河原と同じ礫があるのだろうと思いましたが、後で調べてみると事はそう簡単ではありませんでした。

断崖どころか、酒匂川の北側、JR山北駅と酒匂川に挟まれた丘陵(河村城址公園)から浅間山(247m)付近にかけて酒匂川石と同じ礫が発見されていたのです。(河村城址公園のある通称城山は標高225m、酒匂川河川敷との比高差は約130m)
つまり、昔は丘陵の上一帯が酒匂川の河原だったことになります。

城山
写真は酒匂川から見た河村城城址公園のある独立丘陵。右手が浅間山に連なっています。

では、なぜこのようなことが起こったのでしょう。
調べてみると、山北町には日向断層と言う断層が走っており、どうやら前に書きました国府津―松田断層と接続しているらしいとわかりました。

この日向断層の活動により昔の酒匂川の河床が隆起して、現在の酒匂川で見られるのと同じ礫が山頂付近に存在しているのです。ひょっとしたら、山の上で見事なジャクレ石を揚石できるかもしれませんね(^_^)/

さてそこで、先ほどの断崖の礫(酒匂川石)に戻るのですが、この形成過程はどうだったのでしょうか。まず土の層は箱根火山の火山灰や古富士の噴火によって押し流された泥流だと思われ、箱根火山であれば3から5万年前、古富士の噴火であれば8万年前で、両者がここに堆積しているとして、結局土の層はおよそ3から5万年前頃に形成されたことになりそうです。

ところが、河村城址公園では礫層の上に火山灰層があり、それは古富士山の噴火に由来するものだそうです。ですから、城山の隆起開始は7から8万年前となります。

もうこの辺で頭が混乱してしまうのですが、断崖では火山灰層の上に礫層があるのです。
すると崖の礫が形成されたのは古富士と箱根火山が噴火した後であり、日向断層が隆起を開始してからかなり後になるのでしょう。

日向断層の隆起によりある段階で酒匂川の流れが変わり、断崖の場所に礫が集積し、その後川が大地を掘り下げて現在の河原の位置になった、ということではないかと思うのですが・・・。
どうもそれだけではなさそうな、あるいは致命的な考え違いをしているような・・・気がしてなりません。詳しい方がおられたら是非コメントで修正いただきたく、伏してお願いする次第です。

専門家でもないのに、余計なことをあれこれ考えるのは本当にしんどいですね(*_*;

河童ヶ淵
写真はさらに上流の高瀬橋に近い崖です。川の水は深い緑色を呈し、穴の中から河童が出てきそうな雰囲気です。今日からここを河童ヶ淵と命名しましょう。
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