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酒匂川の氾濫

酒匂川あれこれ
03 /16 2010

酒匂川はかつて相当な暴れ川であったらしく、宝永四年(1707年)に富士が噴火して火山灰が降り積もった結果、河床が浅くなりました。そのため堤が決壊、下流の村は大被害を受けたそうです。

そこで当時の将軍徳川吉宗は大岡越前守に復旧を命じ、田中丘隅(きゅうぐ)という人物がその任にあたりました。丘隅は大口堤と岩流瀬堤の復旧工事を完成させ、両堤を文命堤と名付けたそうです。

文命堤解説板
復旧工事に関する解説板です。

工法
工法と工事範囲の解説です。

絵図
復旧地域の絵図。

現在の文命堤
文命東堤の現在の写真。春は桜が綺麗だそうです。

しかし酒匂川は堤の完成後も何度か氾濫し、流域の村々を襲って多数の死者を出しました。

それから時は流れて現代。今に至るも酒匂川では河川のあちこちで改修工事(河床整理工事)が行われているか、最近まで行われていました。私の知る限りでは上流から山北、松田の新十文字橋の周辺及び報徳橋の上流及び下流辺りです。重機が使われますので、工事が始まるとあっという間に河原の様相が変わってしまい、探石も不可能となります。

河床整理
河床整理工事後の様子。

川の治水は人命を守るために大変重要ですが、各種工事の影響で川から石や砂の供給が減少すれば、必然的に海岸線が細ってしまいます。その結果、防災のため沖にテトラポットを積み上げざるを得なくなるでしょう。川の工事によって海の景観までも悪くなるのです。

難しい方程式かもしれませんが、行政には川や海の自然と美観を保ちつつ、治水を考えていただきたいものです。
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酔石亭主

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