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確率論から見た原発事故


原子力システム研究懇話会の村主進なる人物が原子力システムニュースに「原子力発電はどれくらい安全か」という論文を掲載していました。[Vol.15.No,4(2005年3月)]
内容の一部を抜粋しますので、とにかくまずお読みいただければと思います。

3.原子炉事故の頻度を考慮
自動車事故は毎年発生しているが、炉心損傷事故は生涯の80年間に一度も起こらないと考えてよい。事実わが国では約1,000炉・年(各原子炉の運転年数を全原子力発電所について加算した総和)の運転実績があるが、大量の核分裂生成物を放出するような炉心損傷事故は一度も起こしていない。このことは一基(炉)の原子力発電所に換算すると、1,000年間も炉心損傷事故を起こしていないことを意味する。
一方、確率論的リスク評価手法を用いて、わが国の原子力発電所における配管破断、機器故障の実績および人間の作業ミスなどの実情を基にして炉心損傷頻度を評価している。そして炉心損傷事故の頻度は炉・年あたり1×10-7以下と評価されている。
原子力発電所敷地内に10基(10原子炉)の原子力発電所があるとして、日本人の生涯の80年間にこの敷地内で炉心損傷事故を起こす頻度は、
1×10-7(/炉・年)×10(炉)×80(年)=8×10-5
となる。
炉心損傷事故によって最も高い放射線被ばくをするグループでも、リスクが自動車事故と同程度であるので、事故発生頻度を考えると、原子力発電所の安全性は自動車事故よりも一万倍以上安全であることになる。
なお、過去に炉心損傷事故を起こした米国のスリー・マイル島原発、旧ソ連のチェルノブイリ原発はわが国の原子力発電所とは安全設計の異なるものであって、わが国の原子力発電所の炉心損傷事故頻度の参考になるものではない。


これを読まれた皆様はどんな感想を持たれましたか?原子力の専門家と思われるこの方の、自信に満ちた上から目線に辟易されたのではないでしょうか。

原発は絶対に安全とこの人物は主張されているようです。上記の炉心損傷事故頻度は、素人で数学が苦手な酔石亭主にとってややわかりにくいので、別途調べてみました。

原子力安全基盤機構(安全基盤機構)が2003年9月に提出した「確率論的手法を用いた設計用地震動の作成手法の整備に関する報告書」によれば、福島第一原発(原発名は記載されていないがそう推定される)の地震による炉心損傷事故の発生確率は10万分の1.71とのことです。

上記は原発の供用期間を40年と仮定していますので、40年間における事故確率は0.00171%という低い数字となっています。この確率では、2,339,181年に一回しか事故が起きないことになります。人類が初めて文明を持ったのを6,000年前とすると、有史以来を390回繰り返してようやく一回の事故が発生する確率であり、40年の供用期間内に事故は起き得ない確率になっているのです。

だから村主氏は絶大なる自信を持って、「炉心損傷事故は生涯の80年間に一度も起こらないと考えてよい」と断定したのです。その自信は、地震がもたらした津波の一撃でもろくも崩れ去りました。自信が地震に崩されるなんて、言葉自体が皮肉っぽいですね。

さて、40年間における事故確率が0.00171%だと、1年間に事故が起きる確率は0.00004275%となります。よって、ある一日に福島原発で事故が起きる確率は0.00000011712%。つまり3月11日の福島第一原発事故は約8.538億日に一回しか起きない事故だったことになります。原発の供用期間を40年とすれば、事故は絶対に起きないと断定しているようなものです。ところがこの日事故は発生しました。この事実をどう考えればいいのでしょう?

そもそも上記の事故確率の計算は原発内におけるそれぞれの設備の事故を個別の事象として取り扱っているようです。しかし原発は全体が一つのシステムのはずで、相互に関連しており、個別には扱えないはずです。ここに数字のペテンがあるような気がしてなりません。実際の事故確率はもっと大きな数字だったのではないでしょうか?

村主論文では1基の原発換算で千年相当分無事故だったから安心だとなっています。村主氏の説は本当でしょうか?酔石亭主が危惧する浜岡原発では事故確率が10万分の2370となっています。これを日本全体の原発54基に当てはめ40年で計算してみると、事故確率は70%を越えるものになります。

だとすれば、彼が言うように千年相当分無事故だったのは、本当に幸運に恵まれたことになり、実際には明日事故が発生してもおかしくない状態だったと思えてきます。

確率は単なる冷たい数字です。何百万年に1回の確率でも、原発稼働初日に地震が発生して放射能放出事故が起きる可能性はあるのです。冷たいただの数字なのに、千年無事故だから絶対安心とするのか、明日事故が発生してもおかしくないとするのか、その人の立場・見方で全く意見が違ってしまいます。

だから確率論の数字に主観を交えてはいけないし、原発事故の問題を確率で考えてはいけないのです。しかも村主氏は、自動車事故より1万倍以上も安全だなどと、本来比較できないものを対象にして比較しています。このお方は数字に主観を交え論文に仕立てると言う致命的ミスを犯したと言えましょう。

そして福島原発において事故が発生した瞬間、この日の事故確率0.00000011712%は100%になってしまいました。その落差の大きさに、私たちは思わず立ちすくんでしまいます。どんなに低い事故確率が算定されていても、一旦起きてしまったら事故確率は1で必然となるのです。確率論の議論がいかにむなしいものであるか、村主氏は思い知らされたのではないでしょうか。

村主氏は今回の事故を受けてどんな論文を発表されるのでしょう?是非早急にお書き頂きたいものです。

福島第一原発の地震による炉心損傷事故の発生確率は10万分の1.71でした。それでも、事故は起きたのです。だったら、浜岡のように事故確率の高い原発(10万分の2370)は即閉鎖して当然ではないでしょうか?

ところで、同時多発テロによる貿易センタービル崩壊は9.11でした。一方東日本大震災は3.11です。月は3の倍数で、日が同じ11日。この事件後アメリカは変わり、大震災後の日本も変わるはずです。この二つの出来事はシンクロニシティを感じさせるのですが、いかがなものでしょう?シンクロニシティに関しては以下Wikipediaより引用します

シンクロニシティ(英語:Synchronicity)とは「意味のある偶然の一致」のことで、日本語訳では「共時性(きょうじせい)」とも言う。非因果的な複数の事象(出来事)の生起を決定する法則原理として、従来知られていた「因果性」とは異なる原理として、カール・ユングによって提唱された独: Synchronizitätという概念の英訳である。


原発事故の記事を書いていて山口雅也氏の「奇偶」講談社2002年発行が頭に浮かんできました。「奇偶」の中には確率論、シンクロニシティ、同時多発テロ、原発事故の全てが網羅されており、この小説は福島原発事故が必ず起こり得ることを実に正確に予言していたとも言えます。専門家の数字を弄んだ安全論より、小説家の卓越した想像力の方がはるかに現実に即しており、的を射たものでした。そして原発は山口氏の想像通りの事故を起こしたのです。

山口氏は女性キャスターの話としてこう書きます。
結局、すべての起こりうることは、起こるのだと

小説はやや難解で最後が尻切れトンボのように思えますが、上記観点からすると実に面白いので興味のある方は是非お読みください。

(注:酔石亭主は数学にめっぽう弱いので、確率の考え方や計算に誤りがあるかもしれません。その場合はご容赦ください。ただ、原発事故の発生確率がどんなに低くても、それは起こり得るものであることや、原発事故を確率で論ずるむなしさについてはご理解いただけると思います)
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No title

はじめまして。
質問なのですが

酔石亭主が危惧する浜岡原発では事故確率が10万分の2370となっています。これを日本全体の原発54基に当てはめ40年で計算してみると、事故確率は70%を越えるものになります。

の意味がよくわからないのですが、計算方法含め時間がありましたら解説していただけないでしょうか?
すみません。

Re: No title

as様

ご質問いただき有難うございます。

計算根拠は必要と思いしばらく保管していたのですが、破棄してしまいました。
記事の最後にも書いていますが、数字にめっぽう弱いのであの時どんな計算をしたのか、どうしても思い出せません。
多分、熱に浮かされたように必死に考えたので計算できたのでしょう。
今後はきちんと根拠を保管するようにします。
いや、後になってわからないような内容は記事にしないよう心がけます。

申し訳ありませんがご了承ください。


原子力発電所の事故確率

原子炉本体の事故確率は10<sup>-7</sup>(一千万年に1度)なのですが、千年に一度の地震を想定外としていたため、一万倍ほどリスクが増大しておりました。

3.11後に計画されている「ストレステスト」も判定基準としている事故確率は一万年に一度(10<sup>-4</sup>)ですから多少はマシになっているのですが、それでも原子炉本体よりも千倍高いリスクを許容する形となっています。

いずれにせよ、原発の事故確率を考える際に、原子炉本体の事故確率を議論することはあまり意味がないように思われます。

海外の原子炉は冷水塔を備えたものが多いのですが、日本の原子炉はほとんどが海水を冷却に使用し、このため原子力発電所は全て海辺に立地しています。

これは経済性を優先してのことでしょうが、ツナミという日本語が世界で通用するような津波の本場である日本で海沿いに原発を設けるのは、少々考え方がおかしいように私には思われます。

なお、津波の心配のない海外の原発が内陸部に立地するケースが多いのは外国人によるテロの脅威を減らすためかもしれません。この事情は日本でも同じはずなのですが、、、

Re: 原子力発電所の事故確率

Yuzo Seo様

コメント有難うございました。

私は原発事故に関して事故確率で語ること自体が無意味だと感じ、この記事を書きました。
福島原発にしても津波の危険性は彼ら自身わかっていたはずで、もっと高い位置に立地すべきでした。
そうしていたら、事故が発生してもここまで酷い状態にはならなかったと思われます。

Re: 原子力発電所の事故確率

原発の是非を議論する際には、事故確率の議論は避けて通れないところです。

かつて電力会社(や通産省)は原子炉の事故確率のみから「原発は絶対安全」と述べていたのですが、これが無意味な数字であることは亭主殿も書かれている通りです。

地震やテロなどのリスクもすべて含んだ形で事故の確率を評価しなければならないということは、この期に及んではさすがの監督当局も理解しているはずで、それゆえにストレステストという話が出てきたのでしょう。

しかし、目標値の「一万年に一度」に関してはかなり疑問のあるところです。原子炉本体の事故確率を年間一千万分の一としているにはそれなりの理由があるはずですから、ここから千倍もリスクを高めてもよいとするには、それなりの論拠が必要でしょう。

この数字が「原発建設ありき」で定められたりしておりますと、このテストは何ら原発の安全性を保証するものではない、単なるセレモニーということになってしまいます。

実のところ、それが事実ではなかろうか、と危惧しているのですが、、、

Re: 原子力発電所の事故確率

今にして思えば、一定の電気料金に見合う原発建設コストがあり、そのコストで対応可能な範囲内のリスクを想定されるリスクに設定して原発が建設されたのではないでしょうか。
安全神話に彼ら自身が寄り掛かり、千年に一度の大地震や津波は関係ないと真のリスクから目をそむけ続けた結果が今回の事故と思われます。

またご指摘のように、まず「原発ありき」で物事が進んでしまったような気がします。

No title

大地震の直後に、当方のブログは原発の記事を載せました。
記事を載せた2日後に何者かの手で削除されました。
政府のマスコミ操作がされた訳ですが、、、
これらのマスコミ操作に対し、ネットでも問題にならず握り潰されたのです。
福島県の子供たちは恐るべき将来を抱える事になり、将来を政治家と御用学者に消された訳です。
その責任追及をマスコミはやるべきです。

Re: No title

ぼ輔様

お久しぶりです。
ぼ輔さんの記事の削除は多分悪意のある第三者によるもので、政府のマスコミ操作では無いと思います。
内閣府原子力委員会は国民から寄せられた疑問に対して、ぼ輔さんが参照された私の記事URLを掲載し、これを参照してくださいと書いています。
まだネット上に残っていますので見ることもできますよ。

ところで、古代東海道に関して以下のような疑問があります。
愛知県豊川市における古代東海道は宮路山の山頂付近を通っているようなのですが、その前後がどう繋がっているのか皆目見当が付きません。
なぜ、音羽の谷を通らなかったのでしょう?
この点が不思議でならないのです。
もしアドバイスいただけるならありがたいのですが…。
(東三河の謎は実に面白くて書きまくりました。ほぼ書き終わった段階ですが、その中で上記のような疑問が残っているのです)

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