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秦さんはどこにいる? その7


秦さんシリーズもようやく中部地方に入ってきました。日本のほぼ半分を見てきた訳ですが、想定外、予想外のことも多く戸惑いを覚えています。しかし、現代の秦さんから過去を逆照射することで、改めて秦氏の存在を浮き彫りにすることができ、面白い作業とも言えます。では愛知県の秦姓から見ていきましょう。

愛知県:全体で133人。豊橋市が18人。豊川市は14人。それ以外は小さな人数で分散。
岐阜県:全体で18人と極めて少なく、意味のありそうな地域は存在しません。
静岡県:全体で41人と少ない。静岡市葵区6人。浜松市東区6人。富士宮市4人。島田市はゼロ。
長野県:全体で112人。飯田市35人。下伊那郡天龍市(村の誤り)15人。佐久市11人。下伊那郡泰阜村10人。

データが示す通り、秦氏や徐福伝承の地である豊橋、豊川に秦姓の方が多く居住されています。愛知県に至って初めて、秦氏の拠点に秦姓が多く存在する例が出たのです。

羽田姓で見てもその傾向は歴然としており、愛知県全体で187人中、蒲郡市が34人、豊橋市が31人、豊田市が10人、豊川市が8人となっています。蒲郡市に羽田姓が多いのは秦氏地名の幡豆郡に接しているからだと思われます。

蒲郡以外の三市の頭に、秦氏を象徴する豊が付くのも特徴的です。さらに羽田野で見ると、県全体で169人中、豊川市が49人、豊橋市が32人と両市で約半分を占め圧倒的です。東三河は徐福伝承があり、秦姓のみならず、秦氏が改名した羽田氏、羽田野氏も多数存在する典型的な秦氏系の場所でした。

でも、なぜ愛知県に至って初めて秦氏や徐福伝承のある場所に秦姓・羽田姓の方が多く居られるのでしょう?

彼らは九州に入ってから東へ東へと勢力範囲を広げてきました。その移動が一段落し始めた最初の場所が愛知県(三重県も含む)だったと考えられます。羽田姓が多くなるのは、秦姓からの改名や傘下の部民を改名させたことによるのでしょう。つまり、時代もそれだけ下ってきているのです。

豊橋の日色野町には秦氏の先祖が熊野からこの地に来たと言う伝承が残り、豊川の菟足神社は秦氏の創建と考えられ、解説板にはこの地の徐福伝承について詳しく書かれています。内容は、「東海の秦氏 その10」2010年11月16日を参照ください。

若干疑問が残るのは、愛知の県名です。愛知郡秦荘の依智(えち)秦氏が三重県に移住し、続いて愛知県に入ったから、この地が愛知県となったように思えます。ところが豊橋、豊川の秦氏は徐福系の熊野秦氏です。

調べてみたところ、愛知の県名は明治5年に定められ、県庁が愛知郡の名古屋城内にあったことに由来するそうです。この愛知郡の語源にも諸説ありますが、名古屋市南区の海が「年魚市潟」(あゆちがた)と呼ばれていたことに由来するとされています。

しかし、酔石亭主としては依智(えち)秦氏の依智が愛知となり、それを秦氏が東海地方に持ち込んで愛知郡となったと考えたいのです。愛知郡に関しては以下Wikipediaより引用します。

愛知郡の最も古い記述は、平城京出土木簡で、尾張国愛知郡と記載されている。尾張国造の本拠地であり、尾張氏が郡司と熱田大宮司を兼ねて勢力を保っていた。表記は愛智、年魚市、年魚道、吾湯市、阿由知、阿育知などとも書き、このことから元は「あゆち」と読んでいたと考えられる。語源は定かでない。713年(和銅6年)以降公式には「愛智」が用いられ、江戸時代後期になると「愛知」に変わった。


早速、尾張国愛知郡に秦氏地名や依智秦氏の痕跡があるかチェックしてみました。でも、それらしいものは見当たりません。ただ、名古屋市北区には春日井方面から八田川が流れています。この周辺が怪しいと当たりを付けて調べて見ると、味鋺神社がありました。以下Wikipediaより引用します。

味鋺神社(あじまじんじゃ)は、愛知県名古屋市北区にある神社。…中略…
創建年代は不明。祭神の宇麻志麻治命は物部氏の祖神とされ、延喜式神名帳にある尾張国春日郡味鋺神社であるとしている。


「あじ」は秦氏に関係する言葉と思われ、創建には秦氏の関与があったのかもしれません。八田川は庄内川に注いでいるのですが、地図では庄内川を越えて名古屋城に続いくように見え、城の近くには田幡と言う地名もありました。


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名古屋市北区を示すグーグル地図画像

なお庄内川から名古屋城に続いて見える川は庄内用水(堀川)で、1610年に福島正則が名古屋城築城に際し、資材運搬のために掘削したとされます。もしかしたら堀川は、福島正則以前に秦氏が開削したのかも…。なぜそう推測するかと言うと、京都にも市内を南北に流れる堀川があり、河川工事は秦氏が担ったからです。

さらに見ていくと、多奈波太神社(たなばたじんじゃ)が北区にありました。「尾張名所図会」によれば多奈波太神社は田幡村にあるとのことです。これらを総合すると、名古屋市北区一帯に秦氏の居住区があったように思えます。

しかしこれだけでは不十分で、愛知郡の地名が依智秦氏の移住に伴うものとはとても言えません。いずれ調べてみたいとは思いますが…。

次は静岡県です。静岡県も秦姓は少ないですが、「東海の秦氏 その4」2010年10月29日から「その7」を参照ください。葵区に多少なりとも秦姓の方が居られる理由がわかります。

長野県は秦姓の存在する地域に明確な偏りが見られます。これをどう考えたらいいのでしょう?秦姓の多い天龍村、泰阜村、飯田市は天龍川に沿って連続しています。もしかしたら、東三河の秦氏が北上してこれらの地に入植したのかもしれません。

では天龍村から見ていきましょう。村の人口は1600人しかなく、その中で秦姓は15人ですから、人口比の密集度は極めて高いと思われます。村には(株)秦宮、(有)秦などの会社名も見られました。また、村長が秦さんだったこともあるようです。

泰阜村は総人口1900人中に秦姓が10人ですから、これも密集度が高いと言えます。村には左京集落があり京都から持って来たような地名です。また大畑の地名もあり秦氏が入植した可能性は大です。

村には万古(まんご)渓谷があり、秦姓の方が居住した古い集落もかつてありました。現在の泰阜村商工会長も秦さんが務めています。どうも15世紀頃に京都の秦氏が飯田市に入り、その一族が天龍川沿いに下って泰阜村に入ったようです。その飯田市周辺にはやたら秦氏地名の松尾が多く、仲畑と言う地名もありました。


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泰阜村一帯を示すグーグル地図画像。

以上からすると、長野の秦氏は比較的近年になって諏訪方面から下り、飯田、泰阜、天龍へ南下していったものと思われます。

長野県の羽田姓で調べてみると、全体で300人の内、長野市86人。小県郡長和町50人。大町市19人などが主なものでした。面白いのは長和町です。元首相である羽田孜氏の父羽田武嗣郎(はたぶしろう)氏は秦氏の流れを汲む人物で、小県郡和田村(現在の長和町)の出身でした。

羽田孜氏自身、始皇帝と徐福の末裔を自称しているとか。葛野秦氏は始皇帝の子孫、徐福系秦氏は徐福の子孫と称し別々の流れであったものが、羽田孜氏においては一つになってしまったようです。平安初期以降の秦氏主力は歴史の中に身を隠してしまいます。

一方財務官僚系や土木技術系秦氏は、頻繁に改名しつつ命脈を繋ぎます。本流が不在となったため、現代の羽田孜氏に至ると、過去を分別することもできず始皇帝も徐福も混然一体となってしまいました。


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長和町一帯を示すグーグル地図画像。

和田峠はガーネットの産地で、酔石亭主も数回採集に出向きました。また霧ヶ峰から和田峠一帯は黒曜石も産出し、旧石器時代の人々がナイフや鏃(やじり)の原材料とするため採集に訪れています。

ちなみに、和田村の和田は大綿津見神(オオワタツミ)に由来する海人系安曇族の地名で、羽田姓の多い河口湖周辺にも足和田山や南都留郡足和田村の地名があり、一帯には徐福伝承が濃厚に残っています。

つまり、羽田孜氏の和田村と秦氏と徐福伝承の地である富士北麓一帯には海人系で共通するものがあるのです。富士山麓の徐福伝承と秦氏に関しては、年内にも現地調査の上レポートする予定なので、乞うご期待。

以前にも書いていますが、秦川勝が聖徳太子より恩賞として信濃国更級郡桑原郷を賜り、長男秦広国が信濃国に移り住んで統治したのが長野県における秦氏の始まりのようです。
『更級郡誌』には、「保元の乱」に際して秦能俊が崇徳上皇方に属して敗れ、土佐国に走ったと書かれています。

秦能俊は信濃国更級郡から土佐国長岡郡宗部郷(高知県南国市)に移り、地名をとって長宗我部と号しました。よって長宗我部氏は秦川勝の子孫と自称している訳です。但し、これが高知における秦氏の始まりではありません。

秦氏は更級郡のみならず佐久、東筑摩地方にまで広がったようです。秦川勝の子孫を称する新開荒次郎忠氏は、平安末期に佐久郡伴野庄田口郷(佐久市臼田地区)に砦を築いています。佐久市に秦姓が多いのはその関連でしょうか?佐久市の会社としては秦建設があります。

阿波(現在の徳島県)の新開氏は信濃の新開氏が移住したもので、後に長宗我部氏と新開氏は激しく争っています。同じ秦川勝の子孫とされる両者が争うとは、地下の川勝もさぞ嘆いたことでしょう。

戦国時代に下り、秦幸清(羽田治郎左衛門幸清、1520~1554年)は和田城主の大井信隆の家老として仕えました。和田城と言う名も、和田村同様秦氏に関連しそうです。天文23年(1554年)には武田晴信が信濃に侵攻し、秦幸清は下和田の矢崎城において討たれます。これ以降の秦氏は羽田氏に改名したため、長野県(特に長野市)では羽田姓の数が多いのでしょう。
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