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新田義貞鎌倉攻めの周辺 その7


今回も引き続いて大庭の聖福寺を探します。正攻法ではなかなか難しいので、側面から色々調べてみます。すると、参考となる記録が出てきました。鶴岡八幡宮の社務記録に以下の内容が伝えられているそうです。

建長6年(1254年)1月28日条 当社御正体正宝等、被奉渡聖福寺新熊野

鶴岡八幡宮のお宝などが聖福寺新熊野に納められたと言う意味のようです。ここで気になるのが「新熊野」の三文字です。聖福寺は熊野神社とペアになっている、あるいは熊野神社の神宮寺が聖福寺になるような表現とは思えませんか?

ここから類推されるのは、聖福寺のすぐ近くに熊野神社があると言うことです。となると、大庭における熊野神社を探せば聖福寺に辿り着けるはず。早速大庭における熊野神社の有無を調べてみましょう。すると…、ありました。


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熊野権現を示すグーグル地図画像。

引地川を渡り43号線を南下してすき家の角を曲がり少し歩くと、住宅街の中に熊野権現が鎮座しています。

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鳥居に石の扁額が。熊野三社大権現と彫られています。

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社殿です。

由緒は何もありません。境内は公園のような雰囲気です。子供たちが賽銭箱の周囲で遊んでいました。

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天保時代の鳥居をオブジェのようにして残してありました。

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隣に市杵島神社が鎮座。

市杵島姫神は弁才天と習合しています。江の島との関係でしょうか?

いずれにしても、この熊野権現周辺は新興住宅街。聖福寺跡地らしき雰囲気はありません。さらに探してみましょう。43号線を南に下ります。湘南ライフタウンへと向かう道の角に舟地蔵がありました。

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舟地蔵です。舟形がわかるように側面から撮影。

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解説板。

このままでは熊野神社が不明なので、「新編相模国風土記稿」を参照してみます。すると、巻之六十 村里部 高座郡巻之二に以下の内容がありました。

大庭村 中熊野社
成就院持、下同じ、里人此社をも大庭神社の舊跡なりと傳ふれど、上世の事にて信じがたし今按ずるに、【東鑑】建長六年四月十八日聖福寺上棟の條に、鎮守諸神は所謂神驗竹内以下の神名を列擧す、殊に神驗宮に於ては同五月八日法樂の舞樂ありし由を記す、又此造營の事は相模國大庭御厨のうちに、其地を卜する由見えたれば、當社其古蹟にや


「吾妻鏡」の内容が参照され、大庭神社の旧跡とされる場所(中熊野社)が聖福寺だろうとしています。ようやく聖福寺跡地が近くなりました。しかし、大庭に聖福寺跡地があることが確実になればなるほど、新田義貞鎌倉攻めにおける聖福寺の意味がまるで変わってしまいます。ちょっと恐ろしい気分に…。それはともかく、大庭神社旧跡とされる場所を地図でチェックします。


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大庭神社旧跡を示すグーグル地図画像。

舟地蔵からさほど遠くありません。早速行ってみましょう。43号線を南に下り右折して狭い道路に入ります。43号線は車がひっきりなしに走るのですが、一歩狭い道路に入ればのどかな里の光景に一変します。

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里の光景。

昭文社の地図では交差点のような場所に稲荷神社があります。


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稲荷神社の位置を示すグーグル地図画像。

神社の表示はありませんが、(有)とある小さな交差点的な場所に鎮座しています。

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稲荷神社です。タブなどの巨木が茂りこんもりした小山となっています。

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近寄ってもう一枚。

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解説板。

解説板には臺谷戸稲荷の森とあります。このあたりの台地上が臺で北側の谷はヤト(谷戸)と通称されているので、このように呼ばれる、とのことです。かつて鎌倉権五郎景政は、この稲荷のあたりを 馬つなぎの場所にしたとか。景政がここで馬を繋いだからには、平時の居館が近くにあったのでしょう。

大庭城を築城したのは大庭景親の父にあたる大庭景宗とされていますが、景政は前身となる砦を築いていたのではないでしょうか?そして、一朝事あれば砦に移ったものと思われます。

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神社裏手の巨木。

大庭神社旧跡に向かう前に、稲荷神社から奥へと進みます。

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稲荷神社から奥へと続く道。

道の左手は段々畑風の台地となっていました。一帯は縄文、弥生、奈良時代の住居跡があり非常に古いエリアです。

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クスノキの巨木。

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もう一枚。

さらに進むと、あれ!舟形の地蔵がありました。

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お地蔵さんです。どう考えても、これが本来の舟地蔵と思えます。

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その先を左手に上がると、お地蔵さんや墓石が並んでいました。

かなり古そうです。隠れ里のような場所ですが、歴史のある地区だとわかります。さらに歩いて行くと…。

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森の中にある旧家。とても大きなお宅です。

今回見てきたあたりは、縄文時代からの古い歴史が集積した場所と言えます。現在も古い雰囲気が残っているので、大庭に来られた方は是非お立ち寄りください。この谷戸一帯のどこかに聖福寺があったと推定しても、近くにある大庭神社旧跡(=熊野神社)との関係からして話の筋は通りそうに思えます。周辺状況は確認できましたので、大庭神社旧跡に向かいます。
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